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2023/03/22ブログ

クレディ・スイス救済買収の衝撃

最近、めっぽう忙しくて、本を読んだり音楽を聴いたりする時間すらなかなか取れません。

そういう状態になると、法律書以外に読むのは新聞程度という、極めて散文的な状況に陥るのですが、その新聞から興味深い記事を見つけました。UBS(スイス金融最大手)によるクレディ・スイス・グループ(同2位)の救済買収の記事です。 

買収は、株式交換の形で実施され、クレディ・スイスの株主に対し、クレディ・スイス株22.48株あたりUBS株1株を割り当てられます。つまり、クレディ・スイスの株主は、一定のUBS株を受けとることができるわけで、クレディ・スイス株は全損になるわけではないのです。

その一方、劣後性が極めて高いとはいえ、債権の一種であるAT1債(Additional Tier 1)は、今回は全損処理されるということです。 

2023年3月21日付の日本経済新聞第3面のきょうのことば「AT1債」のコーナーに載っているとおり、「資本規制『バーゼル3』による銀行の資本・負債の弁済順位」は、弁済順位が高い順から、預金→普通社債→TLAC(総損失吸収力債)→劣後債→AT1債→普通株式などとなります。

もちろん、私はこんな細かい分類や順位は知りませんでしたが、破綻処理において債権が株式より優先弁済を受けられるのは常識で、今回の帰結には驚きました。

 このような帰結になった理由は、2023年3月21日付の日本経済新聞第3面の記事「きしむ世界の金融安全網」に載っていたので、少し長いですが引用します。「クレディ・スイスの救済では株式は一定の価値を保つのにAT1債が全損となった。通常、銀行が破綻した場合、まず株主責任が問われ、次にAT1債、劣後債、普通債と損失が発生する順序がある。だが、今回は違う形になった。なぜか。クレディ・スイスは破綻ではなく買収されたため、株主には一定の対価は支払われる。一方で「AT1債には『国からの支援策があった場合、元本割れとなる』という趣旨の契約条項が入っている」(日本の金融庁)ため、株式より先に債券であるAT1債の保有者が損失を受けることになった。」とのことです。

 つまり、今回は形式的には破綻処理ではなく買収だから株式には一定の価値が残る一方、AT1債の契約条項によりAT1債には減損処理の余地が生じ、本件では全損処理となったということなのです。

 確かに、本件は、形式的には破綻処理ではないのかもしれません。また、上記記事にも、「AT1債を発行する日本の大手銀の関係者は『今回はスイス政府主導の特殊なケースだとみられる』と指摘する。」と記載されています。

しかし、今回の買収は、救済買収であり、その買収がなければクレディ・スイスは破綻していた可能性が高く、実質的に破綻処理であるといえます。また、クレディ・スイスほどの世界的な大手銀行が破綻の危機に際した際に、世界的な金融危機を回避するために、政府主導で救済買収(例えば、今回はスイス政府は買収に伴う損失について90億スイスフランの政府保証をUBSに与えました)を主導することが、本当に特殊なケースなのでしょうか。リーマンショックによってシステミックリスクが生じたことに反省した各国政府・中央銀行が、大規模な金融機関が破綻に瀕した際に、今回のような措置をとることは容易に想定できるのではないでしょうか。

 そうすると、実質的にみて株式よりも保護されない金融商品としてAT1債を敬遠する動きが広がり、AT1債の価値が大幅に低下し、それをポートフォリオに組み込むファンドの価値が毀損し・・・というような連鎖が起きるリスクを排除できないように思います。かつて、2008年前後にサブプライムローンについて起こったことがAT1債について起こらないように願うばかりです。

 2023年3月21日付日本経済新聞第3面の下の方に、小さい記事「銀行の損失吸収『まず株式から』ECB、AT1巡り声明」が載っていました。欧州中央銀行(ECB)が、「最初に株式で損失を吸収した後にのみ、AT1債の評価減が求められる」という声明を出したということです。至極もっともだと言えるでしょう。金融不安への対応は、個別的な事案ごとに異なりえますし、臨機応変な対応は必要ですが、株式が債権に劣後するという原則を容易に損なうべきではないでしょう。原則を安易に破る対応は、市場の予測可能性を減少させ、長期的に金融市場の安定性を損なうでしょう。AT1債の契約条項を見直すなどして、金融不安への対応の際に、原則が破られにくくし、予測可能性を確保するのが今後の課題ではないでしょうか。

 以上に述べたとおり、クレディ・スイスの救済買収はスイスの名門金融機関が救済合併の対象となったという意味で衝撃的であったのに加え、株式が債権に劣後するという原則が実質的に破られたという点でも衝撃的だっとと言えるでしょう。

 (松井 和弘)

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