2022/11/11ブログ
アンサンブル4(「シッラ」)
10月29日に、神奈川県立音楽堂でヘンデルのオペラ「シッラ」の日本初演があったので、古代ローマ好きかつバロック音楽好きの友人(このオペラを観るのに何と適した人でしょうか!)を誘って観に行きました。
シッラとは、共和制ローマ末期(紀元前1世紀)の政治家ルキウス・コルネリウス・スッラのことで、百年以上就任者がいなかったディクタトル(独裁官)に就任し、一時期絶大な権力を振るいました。
オペラといえば、18世紀末から20世紀前半くらいのものがよく上演され、本作のような18世紀前半に作曲されたバロックオペラはあまり上演されません。私自身、ヘンデルのオペラを生で観たのは、10月8日に新国立劇場で「ジュリオ・チェーザレ」が1作目、今回が2作目でした。
あまり上演されないからいい作品ではないのかというと、全くそういうわけはなく、ヘンデルらしい綺麗で優雅な曲が続くうえ、カストラートが歌っていた時代だけあって、ほぼ全ての登場人物が高音の役柄で、高音好きにとってはたまらない作品です。特に今回は、30年以上にわたって活躍するイタリアの古楽アンサンブル「エウローパ・ガランテ」の申し分ない演奏で聴くことができました。
アリアが多く、アンサンブルはあまり無いのですが、私は、2幕6場のフラーヴィアとレピドの二重唱《Sol per te, bell’idol mio・・・(あなたのためにだけ、愛する人よ・・・)》が恍惚とした気持ちにさせてくれて、すごく良かったです。重層的な二人の高音の歌唱はもちろん、抒情的なオーケストラの伴奏もすばらしかったです。
また、全く知らなかったんですが、当時のオペラは「娯楽・芸術作品であると同時に、王侯や政権が内外に業績や政策を宣伝したり、反対勢力が相手を非難・揶揄したりするメディアでもあった。青年ヘンデルが赴いたイタリア諸邦は、当時最大の国際問題であったスペイン継承戦争の中、親フランス・親オーストリアに割れていたが、彼はどちら側の台本にもその主張を巧みに盛り込む音楽を提供して頭角を現わし・・・」(「ヘンデル:オペラ《シッラ》楽曲解説(三ケ尻正著)」から引用)ということだとのことです。そして、本作は、スペイン継承戦争で活躍した初代マールバラ公爵と対立する陣営のために、マールバラ公爵を古代ローマの独裁者スッラに擬して批判的に描いたものなのです。
演出も、日本初演にふさわしい、登場人物すべてに歌舞伎風の衣装を着せるという斬新なものでした。こういった思い切った(あるいは奇抜な)演出は、失敗すると目も当てられないのですが、今回は違和感なく観ることができました。また、演出家が知恵を絞ったとプレトークで述べていた最後のデウス・エクス・マキーナ(いわゆる「機械仕掛けの神」。私は、「機械より出でたる神」の方が実態を表していると思いますが)の場面について、どうするのだろうと楽しみにしていたのですが、鬼神の映像が壁に投影されてそれがどんどん拡大されていくという、まあ納得のいく演出だったわけです。
バロックオペラの良さを余すところなく体験できたすばらしい舞台でした。満席でしたし、一緒に行った友人も、またヘンデルのオペラあったら一緒に行こう!と言ってくれました。モーツァルトやヴェルディ、プッチーニだけでなく、バロックオペラももっと上演されるようになったらいいですね。
(松井 和弘)