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救出ものといえば

2021年2月24日の記事で、「フィデリオ」が救出もので・・・といったことを書いていた際に、そういえば救出されたのにまたその牢獄に自ら戻ってしまう一風変わった救出ものもあったなと、「パルムの僧院」のことを思い出しました。25年ぶりくらいに再読したのですが、やはり面白かったです。前回は岩波版を読んだので、今回は新潮版(大岡昇平訳)を読みました。

「パルムの僧院」は、スタンダールが1839年に著した小説で、だいぶ前に「赤と黒」と「パルムの僧院」を読んで以来、私にとってスタンダールが最も好きな作家であり続けています。スタンダールのどこがいいかというと、皮肉のたっぷり利いた分析を容赦ない筆致で書くところや、(どうしてそんな心の動きになるのと突っ込みたくなる点も含めて)登場人物の心理の動きが生き生きと描かれているところだと思います。

「パルムの僧院」では、投獄された主人公ファブリスは、牢獄の長官の一人娘であるクレリアと激しい恋に落ちます。ファブリスのことを好きでたまらない叔母のジーナ(サンセヴェリナ公爵夫人)や公爵夫人の恋人であるパルム公国宰相モスカ伯爵は、散々苦労してファブリスを牢獄から救出しますが、あろうことかファブリスは、クレリアへの想いに駆られて牢獄に戻ってしまうのです。牢獄の長官はサンセヴェリナ公爵夫人やモスカ伯爵と敵対する陣営に属しているので、脱獄した牢獄に戻ったら毒殺されてしまうのにです。
これを最初に読んだとき、情熱に駆られたファブリスの行動に爽快感を覚える反面、えっ、そんなことをするのと困惑したことも覚えています。
しかしまあ、ここまでするということが、ファブリスが、後も先もなく恋愛が成就することのみを熱望する情熱恋愛の虜になっていることを表しているんでしょうね。(スタンダールは、「恋愛論」も書いていて、その中で、恋愛を情熱恋愛、虚栄恋愛といった4つの恋愛に分類しており、恋愛については一家言持っている人なんです。)
もちろん、行きつ戻りつするクレリアの心の動きも余すところなく描かれており、読み応えがあります。

さらに、優秀な陰謀家といえるサンセヴェリナ公爵夫人やモスカ伯爵と大公との間の駆け引きも面白くて。特に、サンセヴェリナ公爵夫人がパルム公国から出て行くと大公に決然と言い放つ場面が痛快で、また、これに対する大公の反撃が老獪で、このあたりは何度読んでも飽きないですね。

また、ナポレオン党のスタンダールの目を通して見たあの時代(1796年のロジ橋の戦い・ミラノ入城から始まるナポレオンの隆盛期、1815年のワーテルローの戦いによるナポレオンの没落と反動的な王政復古期、1830年の7月革命により始まるオルレアン朝)を垣間見ることができることもこの本の利点に挙げていいでしょう。訳者あとがきに書いてあるように、1838年にスタンダールが当時12歳のウジェニー(将来ナポレオン三世と結婚して第二帝政期に皇后になる人です)を膝の上に乗せてナポレオン戦争について語ったこと、スタンダールがウジェニーのためにワーテルローの戦いを書こうと思い立ち、それが本書の3章と4章を構成していることといった逸話も面白いですね。

もちろん、本書には、現代の感覚では理解しがたいような部分もあるのですが、それも含めて楽しめる方であれば、お読みになることをお勧めします。「赤と黒」も面白いのでどちらを先に読むかは迷ましいですが。(松井 和弘)
2021年06月01日