#

朧月夜に似るものぞなき

この数か月で読んだなかでは、「葵」と「賢木」のあたりの話の展開が劇的で、一気に読み進みました。
まず、葵祭の見物の際に、後から来た葵上の車が六条御息所の車に乱暴を働いて場所を取ってしまうという車争いが起こります。祭りや花見の際に少しでもいい場所で観たいと思う人間心理は古今東西を問わないということでしょう。
この車争いのエピソードが心に残っていて、葵祭を一度観たいと思って、20年くらい前に一度見に行きました。源氏物語の登場人物は源氏に見惚れていましたが、私は、ゆったりと牛車を引っ張る牛がのどかな雰囲気を醸し出していていいなあと思いました。

その後、六条御息所が物の怪となって葵上を取り殺してしまいます。源氏と紫君の仲が深まるというある意味幸せなことも起きるのですが、桐壺院(源氏の父)が崩御し、源氏は政治的に不利な立場に追い込まれていきます。その後、前回の記事で述べた藤壺の出家が語られ、朧月夜君と源氏の密会が発覚したことが原因で源氏は須磨への退去することになります。

朧月夜君は、「葵」の一つ前の巻の「花宴」に登場します。宮中での宴が終わった後、源氏は、もしかしたら藤壺に会えるかもと一縷の望みを抱いて藤壺のあたりを忍び歩きますが、うまくいかず、弘徽殿の細殿までやってきます。戸口が空いていたので、そっと上がって中を覗くと、「いと若うをかしげなる声の、なべての人とは聞こえぬ、『朧月夜に似るものぞなき』とうち誦じて、こなたざまには来るものか。」【訳:すると、まことに若く美しい感じの声で、並の女房とは思えない人が、「朧月夜に似るものぞなき」と口ずさんで、こちらの方へ来るではありませんか。】(正訳 源氏物語 第2巻 117頁)
朧月夜君の言葉が「照りもせず曇りもはてぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき」を踏まえている点も、朧月夜の登場場面の劇的さや優雅さに花を添えるもので、この登場場面はいいですよね。

朧月夜君は源氏の政敵の右大臣の娘で、右大臣は朧月夜を帝に入内させようとしていたのですが、源氏はこのことがわかった後も、朧月夜との密会をやめようとしません。そして、この密会が右大臣に露見してしまうというわけです。

このように、「葵」と「賢木」のあたりは展開が起伏に富んでいて、とても面白いと思います。  (松井 和弘)
2021年10月18日

世を背きたまふよし仏に申させたまふに・・・

読み続けられるか不安だったのですが、あの後も、少しずつ源氏物語を読み進めています。「夕顔」、「若紫」、「末摘花」、「紅葉賀」、「花宴」、「葵」、「賢木」、「花散里」、「須磨」、「明石」ときて、今は「澪標」の途中です。今で、やっと全体の4分の1くらいでしょうか。次のブログ担当のときまで、読み続けられているか依然として自信が無いですが・・・

さて、今回読んだあたりで、物語が大きく動きます。
「若紫」では、源氏が紫君を垣間見て感激する場面が出てきます。何故か印象に残る「雀の子を犬君が逃がしつる。伏籠の中に籠めたりつるものを」と紫君が尼君に言う場面です。「犬君(いぬき)」という名前が特徴的だからでしょうか。

「若紫」は、もちろん紫君関連の話が中心なのですが、源氏と藤壺との二度目の過失のエピソードが稲妻のように挿入されています。
その後、源氏は、「賢木」でも藤壺の女房の王命婦に手引きさせて藤壺と密会します。藤壺は拒絶しているのですが、源氏が押し切ってしまうという状況です。
2人が表立って会話するときは、藤壺は王命婦を介して会話し、源氏とは直接話をしません。例えば、「『九重に霧や隔つる雲の上の月をはるかに思ひやるかな』と、命婦をして聞こえ伝えたまふ。」【訳:「(幾重にも霧が中を隔てているのでしょうか。雲の上の月をはるかに思いやっております)。と、命婦を通じてお伝えになります。」】(正訳 源氏物語 第2巻 274頁)。

その後、藤壺の苦悩は深まり、とうとう出家してしまいます。出家の場面も劇的なのですが、その後の源氏と藤壺の距離感の変化の描写におおっと思うところがありました。
例えば、「参りたまふも、今はつつましさ薄らぎて、御みづから聞こえたまふをりもありけり。思ひしめてしことは、さらに御心に離れねど、ましてあるまじきことなりかし。」【訳:「その後は、君が宮の御もとに参上なさるのも、今は遠慮も薄らいで、宮ご自身でお話しになられる折もあるのでした。君のお胸に深く思いしめたことは、決してお心から離れませんけれど、今はましてあってはならぬことなのですよ。」】(同284頁)。
つまり、今までは王命婦を介してしか話さないようにしていたが、出家して源氏との距離感が質的に変わったので、今までのようにさすがに無理な関係を求められることもなくなったので、遠慮も薄らいで直接話をするようになったということなのでしょう。それでも源氏の藤壺に対する気持ちは変わらないけれども、藤壺が出家した以上は、今後も関係を取り結ぼうとすることは「ましてあるまじきこと」なのです。

懸想した相手と直接表立って話できるようになったのは、相手が出家した後、いわば相手が彼岸に行ってしまった後というのには、読んでいて何とも言えない感慨がありました。まあ、どうしようもないのですが・・・

葵上と六条御息所や朧月夜君についても書こうと思ったのですが、藤壺の話が長くなってしまってので、これらについては後日に譲りたいと思います。 (松井 和弘)
2021年10月05日

アンサンブル2(「ドン・ジョバンニ」)

「ドン・ジョバンニ」は、モーツァルトの代表的なオペラの一つで、「コジ・ファン・トゥッテ」や「フィガロの結婚」と同様に好きな作品です(「魔笛」はそこまで好きではないです)。

「ドン・ジョバンニ」には、モーツァルトのオペラの中でも魔術的な曲調が多く現れ、それが情緒に溢れた力強い歌唱と相まって劇的な効果をもたらします。それ以外の部分も名曲揃いで、全編を通じて飽きることのないオペラです。

本作は、スペインの伝説上の好色放蕩な貴族ドン・ファンが主人公で、彼は、何年か前に話題になった「〇〇のドン・ファン」の元ネタです。

まず、本作は、1幕冒頭で、レポレッロ(ドン・ジョバンニの従者)、ドン・ジョバンニ、ドンナ・アンナ、騎士長(ドンナ・アンナの父)、ドン・オッターヴォ(ドンナ・アンナの恋人)が入れ替わり立ち替わり現れて歌うところから始まります。これらは、ドン・ジョバンニのドンナ・アンナに対する悪行と騎士長の殺害という劇的な場面を歌っているのです。オペラの導入部分のつかみとして抜群で、綺麗ではあるものの不安感を煽る音楽で、心がざわつく魔術的な曲で聴衆は一気に物語に引き込まれるのです。

次に、私が本作で最も好きなアンサンブルは、2幕で、ドン・ジョバンニに変装させられて彼の身代わりになったレポレッロが、ドンナ・エルヴィーラ(ドン・ジョバンニの元恋人)、ドンナ・アンナ、ドン・オッターヴォ、ツェルリーナ(農民の娘)、マゼット(ツェルリーナの夫)に追い詰められて正体を見破られるシーンのアンサンブルです。

このアンサンブルに関して、1955年に録音されたヨーゼフ・クリップス指揮のウィーンフィルのものが私は一番好きです。というのも、ドンナ・アンナ役のシュザンヌ・ダンコの歌唱が魔術的としか言いようのないほど心を揺さぶってくるのです(ドン・オッターヴォの後に《Lascia amen all amia pena Questo piccolo ristoro; Sol la morte, o mio tesoro, Il mio pianto puo finir.》と歌う箇所が特に)。

「ドン・ジョバンニ」はよく上演される演目なので、生で何度も観ましたし、メットライブビューイングでも観ました。また、CDやDVDも何枚かは持っていますが、どれも上記のシュザンヌ・ダンコの歌唱と較べると、さらっと流して歌っているようにしか聴こえないのです。
コンサートにしてもオペラにしても、どんなにいいCDよりも生で聴いたり観たりする方が圧倒的にいいので、こういったことは本当に珍しく、シュザンヌ・ダンコの歌唱がいかに優れているか(あるいは私に合っているか)を示していると思います。

あまり時間が無いときには、この2幕のアンサンブルを聴いています。そうすると、それだけでも、大抵は幸せな気分になれるんですよね。 (松井 和弘)
2021年10月03日

秋と名曲と

弁護士の坂手です。 日中はまだ日差しが強いですが、朝晩は秋の風を感じるようになりました。 さて、毎年、秋が深まってくる頃、頭の中に流れてくる名曲があります。 ブラームスの6つの小品Op.118間奏曲イ長調です。 秋空の下、自転車でキャンパス内の銀杏並木をくぐり抜け、研究室に差し掛かったときでした。 この曲の美しい旋律と響きにふれ、魂が揺さぶられるような感覚がありました。 挫折の末にたどりついた生活の中で、空っぽの自分を埋めようともがいていた自分を自然に受け入れることができました。 過去を受け入れ、今を生きようと思いました。 時代を超えて多くの方に愛されている名曲の力を実感するところです。(坂手)
2021年09月30日

護られなかった者たちへ

突然ですが中山七里を愛読しています。基本的にミステリー小説が好きなんですけど、文庫本になるまで 待ち続けているので、重版を重ねたものなどは私が読んだときにはすでに映画化されたりしています。 この小説も、阿部寛・佐藤健主演で映画化され、10月から上映するようです。 いつもの「どんでん返しの帝王」らしい内容でしたが、それはそれとして、今私も取り組んでいる生活保護 がテーマで「法律家でない人から見た保護行政」について非常に興味深く読むことができました。 我々の納める税金は何に使われるのか。真に護られるべき者たちのために使われているのか。 「護られなかった者たちへ」向けられたメッセージには共感を覚えました。 もちろん、不正受給は許されないことですが、不正受給をさせないために真に必要な者が保護を受給できていない のでは本末転倒です。 私たち法律家は、生活保護申請を不当に却下された方や保護を不当に廃止された方、本来なら支給されるべきものが支給されていない方たちの相談を受け、 審査請求などの法的手続を経て、コツコツと福祉行政を糺していくのです。 「全国生活保護裁判連」の総会が今年は奈良で(11月14日(日)奈良県文化会館小ホール)開催される予定です。 ご興味関心のある方はぜひご参加いただければと思います。(西村香苗)
2021年08月27日

懐古

水丸です。
よく音楽を聴きます。クラシックも民族音楽も洋楽も邦楽も、そのときそのときの気分で楽しんでいます。
ここ最近は90年代のJポップばかり聴いています。聴きながら「90年代いいわ~」と思い、ふと自分がすでに若者でなくなったことに気づきました。もうだいぶ前から若者ではないのですが、若者気分が抜けません。弁護士8年目で、弁護士会では若手だからでしょうか。
これからもフレッシュな気持ちでいたいと思います。
2021年07月29日

趣味は映画鑑賞です

水丸です。
映画を観るのが好きです。
特に好きなのはホラーです。ただ、この話をするとほとんどの方が引きます(優しい方は愛想笑いをしてくださいますが)。誰かとホラー映画について語り合いたくて、ホラー映画好きを公言して歩いているのですが、一向に仲間が見つかりません。

これからもがんばります。
2021年07月29日

いづれの御時にか・・・

「パルムの僧院」を読み終わった後、久しぶりに「赤と黒」も読もうかなあと思っていたところ、たまたま、「正訳 源氏物語 本文対照」(中野幸一著、勉誠出版)を見つけました。

源氏物語に関しては、20年以上も前に「新源氏物語」(田辺聖子著、新潮社)を読んで以来、「輝く日の宮」(丸谷才一著、講談社)を読んだくらいだったのですが、やはり一度は原文で読んでおきたいという気持ちがありました。というのも、今まで、与謝野晶子や谷崎潤一郎などの名だたる大作家が源氏物語を訳してきましたが、作家の訳文というのは、自分の解釈を盛り込んで原文から離れた訳をしてしまうことがあり、訳文のみを読むだけだと、原文にどんなことが書いてあったか確証を持ちながら読むことはできないのです。しかし、当然のことながら、高校で古文の授業を受けて以来全く古文に接していない私があの長大な話を原文で読むのは、誤って文意を解釈してしまうことが目に見えているという意味でも、時間的な意味でも、できるわけがないので諦めていました。

そうしたなか、本書は、頁の中段に訳文が載っており、頁の下段にそれに対応する箇所の原文が載っている(上段には注釈が載っている)という我が意を得たりという構成なのです。これなら、原文を読んでから訳文を読むことにより、原文を味わいながら訳文により正しい意味を理解することができるわけです。
冒頭箇所の「いづれの御時にか女御更衣あまたさぶらひたまひける中に・・・」を読んだ際には、やはり、これからまた源氏の世界に入っていくんだなあ・・・と感慨深かったです。
どうやって読もうかと考えたのですが、折角原文と訳文が両方載っているんで、やはりまず原文を読んで、わからない単語は古語辞典を引いて、自分なりに原文を解釈してから訳文を読むようにしました。電車の中で読むことが多いので、昔だったら辞書を引きながら電車の中で本を読むのは難しかったのですが、今はスマートフォンでダウンロードした古語辞典を引くのは簡単な操作ででき、いい時代になったものです。

やはり原文を読むのはいいもので、例えば、今読んでいるあたりだと、源氏が夕顔を牛車で連れ出す場面が、「いさよふ月にゆくりなくあくがれむことを、女は思ひやすらひ、とかくのたまふほど、にはかに雲がくれて、明けゆく空いとをかし。」(「正訳 源氏物語」第1巻187頁)と描写されているのですが、沈みかねている月のもと源氏と夕顔がいろいろ話をしているところで、急に月が雲に隠れるとともに夜が明けていくわけで、それはもう美しい風景だろう、情趣があると書かれているのもわかるなあ、と感じた次第です。

読む時間をなかなか確保できないので、「桐壺」、「帚木」、「空蝉」ときて、まだ「夕顔」の巻の途中(まだ全体の20分の1くらい)ですが、折角いい本を見つけたんで、少しずつでも読んでいけたらいいなあと思っています。(松井 和弘)
2021年06月20日

アンサンブル(「ノルマ」)

前回の記事で書いた「パルムの僧院」を読んでいるときに、同時代の曲を聴きたくなって、ベッリーニの「ノルマ」をCDで聴きました。すると、やはり「ノルマ」は好くて、一度では終わらず、繰り返し聴き、さらには手持ちのDVDを観ることになりました。

「ノルマ」は、古代ローマ時代のガリア地方(現在のフランスあたり)が舞台のオペラで、ローマの支配下にあるガリア地方にローマから総督ポリオーネが派遣されているという設定です。そして、ノルマの父らを中心として、ガリア人がローマの支配を脱する戦いを起こそうとしているところから物語が始まり、ポリオーネがガリア人の巫女ノルマと秘密裡に恋仲になって子供が生まれたものの、ポリオーネが別の巫女のアダルジーザに心移りしたことによってもたらされる悲劇が描かれます。

「ノルマ」で一番有名な箇所は、1幕1場の真ん中あたりでノルマが一人で歌うアリア《清き女神よ(Casta Diva)》でしょう。ノルマが澄んだ声で歌うこのアリアは、これだけで単独で歌われることも多いですし、もちろん素晴らしい曲です。

オペラではどうしてもアリアが有名になりがちなのですが、2人以上によるアンサンブル(重唱)の魅力も捨てがたいと思います。今回、私が何度も「ノルマ」を聴きたくなったのは、1幕2場の最後あたりから2幕1場にかけてのアンサンブルに魅了されたからでした。
私がきれいだなあと思ったアンサンブルを取り上げますと、
(1)〔【1幕2場】アダルジーザとポリオーネ〕ポリオーネがアダルジーザにローマに来るように誘いアダルジーザは悩みながらもそれを受け入れる
(2)〔【2幕1場】ノルマとアダルジーザ〕アダルジーザがノルマに対し愛する人ができたから巫女の職を辞したいと打ち明けノルマはそれを許可する
(3)〔【2幕1場】ノルマ、アダルジーザとポリオーネ〕アダルジーザが愛する人がポリオーネであることが判明し、ポリオーネはノルマに許しを乞うが、ノルマは激怒する。ノルマとポリオーネの関係を知らなかったアダルジーザはポリオーネを拒絶する。
といったあたりです。(あらすじを書いていると、どうしようもない話のようにしか思えませんが、歌唱やオーケストラが本当にきれいなんです。物語的には、これに引き続く2幕2場、3場で悲劇的な結果を迎えることになります。)

もう何年も前になりますが、日生劇場で「ノルマ」を観たときに、(2)がいいなあと思って、とはいってもそうそう上演されないので、CDを買って少し聴いて止めていたんですが、今回聴いてみると、(2)だけでなく(1)(3)の良さもわかって、幸せな気持ちになりました。やはり、アリアもいいですがアンサンブルの良さも捨てがたいですよね。
そういえば、去年の6月にも大阪で「ノルマ」が上演されるはずだったんですが、新型コロナウィルスのせいで中止になってしまいました・・・。私たちが新型コロナウィルスを早期に克服できることを願ってやみません。(松井 和弘)
2021年06月08日

救出ものといえば

2021年2月24日の記事で、「フィデリオ」が救出もので・・・といったことを書いていた際に、そういえば救出されたのにまたその牢獄に自ら戻ってしまう一風変わった救出ものもあったなと、「パルムの僧院」のことを思い出しました。25年ぶりくらいに再読したのですが、やはり面白かったです。前回は岩波版を読んだので、今回は新潮版(大岡昇平訳)を読みました。

「パルムの僧院」は、スタンダールが1839年に著した小説で、だいぶ前に「赤と黒」と「パルムの僧院」を読んで以来、私にとってスタンダールが最も好きな作家であり続けています。スタンダールのどこがいいかというと、皮肉のたっぷり利いた分析を容赦ない筆致で書くところや、(どうしてそんな心の動きになるのと突っ込みたくなる点も含めて)登場人物の心理の動きが生き生きと描かれているところだと思います。

「パルムの僧院」では、投獄された主人公ファブリスは、牢獄の長官の一人娘であるクレリアと激しい恋に落ちます。ファブリスのことを好きでたまらない叔母のジーナ(サンセヴェリナ公爵夫人)や公爵夫人の恋人であるパルム公国宰相モスカ伯爵は、散々苦労してファブリスを牢獄から救出しますが、あろうことかファブリスは、クレリアへの想いに駆られて牢獄に戻ってしまうのです。牢獄の長官はサンセヴェリナ公爵夫人やモスカ伯爵と敵対する陣営に属しているので、脱獄した牢獄に戻ったら毒殺されてしまうのにです。
これを最初に読んだとき、情熱に駆られたファブリスの行動に爽快感を覚える反面、えっ、そんなことをするのと困惑したことも覚えています。
しかしまあ、ここまでするということが、ファブリスが、後も先もなく恋愛が成就することのみを熱望する情熱恋愛の虜になっていることを表しているんでしょうね。(スタンダールは、「恋愛論」も書いていて、その中で、恋愛を情熱恋愛、虚栄恋愛といった4つの恋愛に分類しており、恋愛については一家言持っている人なんです。)
もちろん、行きつ戻りつするクレリアの心の動きも余すところなく描かれており、読み応えがあります。

さらに、優秀な陰謀家といえるサンセヴェリナ公爵夫人やモスカ伯爵と大公との間の駆け引きも面白くて。特に、サンセヴェリナ公爵夫人がパルム公国から出て行くと大公に決然と言い放つ場面が痛快で、また、これに対する大公の反撃が老獪で、このあたりは何度読んでも飽きないですね。

また、ナポレオン党のスタンダールの目を通して見たあの時代(1796年のロジ橋の戦い・ミラノ入城から始まるナポレオンの隆盛期、1815年のワーテルローの戦いによるナポレオンの没落と反動的な王政復古期、1830年の7月革命により始まるオルレアン朝)を垣間見ることができることもこの本の利点に挙げていいでしょう。訳者あとがきに書いてあるように、1838年にスタンダールが当時12歳のウジェニー(将来ナポレオン三世と結婚して第二帝政期に皇后になる人です)を膝の上に乗せてナポレオン戦争について語ったこと、スタンダールがウジェニーのためにワーテルローの戦いを書こうと思い立ち、それが本書の3章と4章を構成していることといった逸話も面白いですね。

もちろん、本書には、現代の感覚では理解しがたいような部分もあるのですが、それも含めて楽しめる方であれば、お読みになることをお勧めします。「赤と黒」も面白いのでどちらを先に読むかは迷ましいですが。(松井 和弘)
2021年06月01日

語源について4(vice)

2021年4月29日の坂手弁護士の記事で、過分なお褒めの言葉をいただきました。当事務所では、弁護士同士の意見交換が活発で、私も坂手弁護士に法律上の論点等について相談させていただくとともに、このブログで書いているような与太話をしたりしているのですが、それを「楽しく為になるトークタイム」と言っていただいて有り難い限りです。

さて、副会長を英語で言えば差し詰めvice presidentでしょうが、このviceは「ラテン語vicem,vice(ために,代わりに)から借入された言葉」【シップリー英語語源事典初版第2刷(大修館書店)381頁(lieutenantの項)から引用】で、「副」という意味です。

なお、viceには悪徳という意味もありますが、これは「ラテン語vitium(欠陥、悪徳)からフランス語vice(悪、悪徳)を経て借入された」【同書同箇所から引用】もので、語源が全く異なるものです。

普段の弁護士業務で培った知識や経験が弁護士会の仕事を行うにあたって役立つことは当然ですが、ソノ逆モマタ真ナリ(vice versa)でして、弁護士会の仕事を通じて弁護士業務に関連する知識や制度に対する理解も深まり、日々の業務に役立つことを実感しております。(松井 和弘)
2021年05月09日

松井和弘弁護士 奈良弁護士会 副会長に就任しました

松井和弘弁護士が、奈良弁護士会副会長(令和3年度)に就任しました。 松井和弘弁護士の実直なお人柄、緻密で正確かつ迅速に仕事を進める力量は、奈良弁護士会副会長の職務遂行においても、遺憾なく発揮されることと思います。 奈良弁護士会副会長として、現在、多忙な毎日を送っておられますが、依頼者・相談者の方に寄り添い、真摯に職務を行う姿勢は健在です(職務の合間に披露してくださる楽しく為になるトークタイムも健在です)。 新しいご相談・ご依頼も、時間の許す限り、受けておられます。 同じ弁護士として、頭が下がる思いです。 事務所の弁護士・スタッフ一同、松井和弘弁護士を応援しています。 坂手
2021年04月29日

無戸籍について

水丸です。
突然ですが、昨年から頭を離れない事件があります。
大阪で無戸籍の親子のお母さんが餓死し、息子さんも衰弱していた事件です。無戸籍だったので助けを求められなかった、と報道されていました。

私は、平成30年から昨年まで奈良県無戸籍者支援協議会に参加していました。
この協議会をきっかけに無戸籍当事者の方と接することが多々ありました。そこで、無戸籍児の親御さんの不安や、戸籍がない高齢者の困窮状況を知り、無戸籍はゆゆしき人権問題であることを実感として知りました。
そうした中で、いわゆる「離婚後300日問題」で生まれる無戸籍児については、行政の把握が実数に近づいているように感じていました。 ただ、成人の無戸籍者については実数不明の印象でした。
そんな折、冒頭の餓死事件の悲劇を知り、無戸籍問題にライフワークとして取り組んでいきたいと思うようになりました。

ところで、無戸籍者とは「出生届が出されていない」方を意味します。この意味ですと、失踪宣告されたけど実際には存命している方は、無戸籍者に含まれません。ただ、失踪宣告の場合も戸籍がない弊害は無戸籍者と同じです。個人的に、失踪宣告された場合も含めて「無戸籍」問題と考えています。
現在、戸籍がなくても、住民票が作成されたり、学校に通えたり、生活保護を受けられたりします。しかしながら、選挙権が行使できない、婚姻届を出せない、運転免許が取得できない、など弊害も多く残っています。
奈良県のような車社会では、運転免許が取得できない点だけでも大きな問題です。(私自身はペーパードライバーですが、権利の観点から言い直せば、運転免許を取得する選択をした上で、あえて運転しないという選択をしています。)

無戸籍問題の解決方法として、就籍(しゅうせき)許可審判や認知審判、失踪宣告取消審判などの家庭裁判所の手続きがあります。 ご自身やご家族の戸籍がない場合や、離婚後300日以内のご出産などで出生届を悩まれる事情がある場合など、ぜひご相談いただければと思います。(水丸貴美子)
2021年03月24日

「見出された」サリエリ

アントーニオ・サリエリは、1750年にイタリア北部で生まれましたが、15歳のときにヨーゼフ2世の宮廷楽長を務めていたガスマンに見出されてウィーンに赴きます。そして、ガスマンの死後すぐに宮廷室内作曲家及びイタリアオペラ指揮者の地位を受け継ぎます。そして、その後、宮廷楽長の地位も得て、50年以上もの間ウィーンの音楽界で重要な地位を占めます。

「やきもち焼きの学校」、「ヴェネツィアの市」、「タラール」、「ファルスタッフ」、「我らが主イエス・キリストの受難」、「見出されたエウローパ」など、手に入るものは大体買いましたが、残念ながら仕事が忙しくてまだ半分くらいしか見られていません・・・
というわけで、サリエリについて感想を述べることができるような資格のかけらもない私ですが、「見出されたエウローパ」はすぐに好きになりました。本作は、サリエリの上品で優雅な曲で満ち溢れています。また、ソプラノが四人という高音女声好きにはたまらない構成になっています。高度な技巧を要するであろう歌唱が多くて、こんな歌をよく歌えたものだと思います。また、1幕と2幕の間のバレエの際に流れる曲も繊細で優雅です。

「見出されたエウローパ」は、1778年にミラノのスカラ座のこけら落しの際に上演され、その後200年以上上演されませんでしたが、2004年にスカラ座の改築工事明けに、再上演されます。主演はディアナ・ダムラウ、指揮はリッカルド・ムーティで、これがDVD化されて購入可能です。

サリエリは、日本で上演されないというだけでなく、20年程度前までは、欧州でもほぼ全く上演されず、忘れられた存在となっていたようですが、最近は再評価が進みつつあり、「見出され」つつあります。サリエリの人生や作品については、「サリエーリ 生涯と作品(新版)」(復刊ドットコム、水谷彰良著)に詳述されていますので、ご興味を持たれたらお読みになることをお勧めします。

2025年が没後200年となりますが、その機会に、日本でもどこかの歌劇場で上演してほしいものですね。 (松井 和弘)
2021年02月25日

周年

「何周年」といえば、私たちは、様々な個人や団体に関して、生まれてから何年、没後何年、設立何年といった節目に意味づけをすることがあります。また、ある特定の日を誕生日などとして祝うこともありますね。このブログをお読みになる方のなかにも、2月24日が誕生日だという方がいらっしゃるかもしれません。お誕生日おめでとうございます。

さて、周年といえば、昨年は、ベートーヴェン生誕250周年でした。そのため、多数の音楽会が開催されるはずでしたが、大部分は新型コロナウィルスの影響で中止になってしまったのではないでしょうか。
私はといえば、目当ては、ベートーヴェン唯一のオペラ「フィデリオ」を観ることでした。日本ではあまり上演されないのですが、一度、劇場で観ておきたかったのです。
本作は、ナポレオン時代の前後に流行した、いわゆる救出オペラの一つで、刑務所所長ドン・ピツァロの悪事を告発しようとしたフロレスタンが、ドン・ピツァロによって無実の罪で監獄に収監されているところから始まります。フロレスタンの妻のレオノーレが男装してフィデリオと名乗って監獄の職員に身をやつし、夫を救出するという話です。
べートーヴェンは、言わずと知れた楽聖なのですが、オペラに関しては、あまり業績を残していないといえます。「フィデリオ」が唯一のオペラ作品ですし、「フィデリオ」にしても、もちろん私見に過ぎませんが、モーツァルトの作品でいうと、「フィガロの結婚」「コジ・ファン・トゥッテ」「ドン・ジョヴァンニ」とは比べるべくもなく、「皇帝ティートの慈悲」や「後宮からの逃走」と同格かなという気がします。
しかも、昨年観た「フィデリオ」は、斬新な演出を目指したのでしょうが、生煮えのまま素材が連関されずに投げ出されていたように思えて、控えめに言って私好みの演出ではありませんでした。

新型コロナウィルスの影響でオペラを観に行けず、何とか観た作品もこのような有様だったので、私は、折角だから、生ではあまり上演されないが、重要な作曲家のオペラ作品をDVDやブルーレイディスクで観ることにしようと思いました。その結果、行きついたのが、サリエリ(1750年~1825年)でした。   (松井 和弘)
2021年02月24日

弁護士が4人になりました!

この2月1日より、水丸貴美子さんが当事務所に加わりました。 水丸さんは法テラスのスタッフ弁護士を長年務めていた人で情熱あふれる人権派弁護士です。 当事務所は今年の4月でまる10年を迎えます。これまで何とかやってこれたのは周囲の方々の暖かい支援あってこそと 感謝の気持ちを忘れず、これからの10年も頑張っていきます。 私は基本的には賑やかな方が好きなので、弁護士が増えたことはたいへん嬉しいです。 4人が日中同時に事務所内にいることはほとんどありませんが、事務所営業時間が終了してから それぞれの手持ち事件の相談をしたり、雑談に花が咲いたり、楽しく過ごしています。 自分の知らなかったことを教えてもらったり、話の中で「あっ」と気づかされることも多く、弁護士は年数ではないことを改めて 思い知らされています。 20年以上の古株となってしまいましたが、気持ちはフレッシュ(できれば身体も)です! (by西村)
2021年02月10日

今年は、新型コロナウイルスに社会が大きく揺さぶられ、その影響は私達ひとりひとりに及ぶことになりました。 例年とは異なる年越しに、当たり前だと思っていたことのありがたさに思いをいたしております。 新しい年が皆様にとって、よきものとなりますように。            坂手
2020年12月31日

サリカ法典について

今月はゲルマン法について話をしてきましたので、ゲルマン法典の中で最も重要な法典といっても過言でないサリカ法典にも触れておきたいと思います。

さて、先日述べたタキトゥスの時代のゲルマン社会では、ゲルマン法は文章化されていませんでしたが、社会が発展していくに伴い、様々な要請から、文章化されていくことになります。
こうして、500年ころに複数のゲルマン部族法典が編纂されますが、その多くは、ローマ法の影響を強く受けたものでした。

例えば、西ゴート族の①「エウリック王の法典(codex Euriaianus)」(475年ころ成立)、②西ゴート族の「アラリックの抄典(Breviarium Alarici)」(506年成立)、③東ゴート族の「テオドリック王の告示法典(Edictum Theodorici)」(500年ころ成立)、④グルグント族の「ブルグント法典(Lex Burgundionum)」(516年以後に成立)については、それぞれ、①「内容的にもローマ法に近く」、②「この法典の内容は、実質的にローマ法そのもの」、③「内容はローマ法」、④「ローマ法の影響・・・が大きい」とされます(ミネルヴァ書房「概説西洋法制史」57頁及び58頁参照)。
つまり、これらの法典は、ゲルマン民族の慣習法を採用せず、成熟の域に達していたローマ法を採用したのです。
また、これらの法典は、ローマ人の言葉でその後長らく欧州の共通語となったラテン語で書かれていました(例外は、600年ころ成立したアングロサクソン族の「エセルビルフト王法典」で、これは西ゲルマン語に属する古代英語で書かれています(同書59頁参照)。)

その一方で、フランク王国の国王クローヴィスが編纂したサリカ法典(Lex Salica)(507年~511年に成立)は、ラテン語で書かれているものの、その内容はローマ的ではなく、ゲルマン的要素が強いものでした。サリカ法典の名前は、クローヴィスがフランク族の中のサリー支族に属していたことに由来します(私は恥ずかしながら、長年、サリカという女性の名前に由来するのかなと思っていました)。

サリカ法典が内容面でローマ法と違う点は、ローマ法は契約、相続や贈与等の私法を中心とするのに対し、サリカ法典が主として犯罪や不法行為に対して固定化された金銭賠償を定めている点です(同書66頁参照)。
2020年11月9日の記事で触れた、タキトゥスの時代からゲルマン社会にあった「贖罪金」ですね。
しかし、金銭賠償が固定化されているとすると、インフレで貨幣価値が変わった場合はどうするんだろうと思いますが・・・。中世でも、金貨や銀貨について、貴金属の含有率を減らすような貨幣改鋳を行った結果、インフレが起きてしまうことはあったと思うのですが。

以上で、サリカ法典とローマ法や他のゲルマン部族法典との比較を記載しました。
しかし、現代に生きる私たちがサリカ法の名を知ることになるのは、こうしたある意味比較法的な議論からではなく、サリカ法典のある章がこの後の歴史に大きな影響を与えた点からだと思います。そこで、この点についても記載したいのですが、長くなりましたので、別の機会に譲りたいと思います。 (松井 和弘)
2020年11月25日

11月20日は

閑話休題ですが、今日の昼、友人らと3人で前から行きたかったイタリア料理屋に行って、ピザ(マルゲリータと生ハムピザ)を食べてきました。評判に違わぬおいしさでした。 私は、1枚頼むときはたいていマルゲリータ、2枚目を頼むときはクアトロ・フォルマッジか生ハムピザを頼んでしまいます。

そして、今日の仕事が終わって事務所のエレベーターに乗ると、エレベーターのディスプレイに、今日はピザの日であると表示されました。(事務所のエレベーターのディスプレイには、今日は〇〇の日などと表示されるのです。今度いらっしゃった際にご覧ください。)
ピザのマルゲリータは、マルゲリータ王妃に由来しているのは有名ですが、11月20日がマルゲリータ王妃の誕生日で、ピザの日とされているのは知りませんでした。

マルゲリータ王妃は1851年11月20日生まれで、そのころは、イタリア統一運動が続いていました。その後、彼女の伯父のヴィットーリオ・エマヌエーレ2世がイタリアを統一しますが、マルゲリータ王妃は二代目のイタリア王であるウンベルト1世の妃となりました。庶民の食べ物であるピザが好きで、イタリア国民に敬愛されていたと伝えられます。

別に、ピザの日だからといってピザを食べにいったわけではないのですが、事後的にピザの日だったことがわかると、当時の自分の行動にプレミアムが付いたように思えて、ちょっぴり幸せな気持ちで家路につくことができました。(松井 和弘)

2020年11月20日

「平和喪失」について

前回の記事で「平和喪失」がゲルマン法的要素が強いと記載しました。そこで、ゲルマン法における「平和喪失」の位置づけについて触れておきたいと思います。

ゲルマン社会についての最も古くかつ信頼できる文献は、紀元1世紀のローマ帝国の歴史家タキトゥスの「ゲルマーニア」ですが、同書には、「父または血縁のものが含んでいた〔さまざまの〕仇敵関係は、〔さまざまの〕交友関係と共に、〔後継者は〕引き継がなくてはならない。しかし、おさまりがつかないまま、いつまでも続くのではない。殺人でさえ、牛又は羊の〔それぞれについて定められた〕一定の数によって償われ、被害者の全一族はこの賠償を満足して受納するからである。」(タキトゥス著、泉井久之助訳註、岩波文庫「ゲルマーニア」100頁)とあります。
このように、殺人等が行われた際には、被害者の親族が加害者が組織的な復讐を行うことになります(この組織的な復讐のことを「フェーデ」といいます)。その一方で、贖罪金(上記では「牛又は羊」)による和解も可能で、贖罪金が支払われればその件は解決されました。

現在の法体系では賠償金が支払われても刑事責任が残るのとは違い、原初のゲルマン法においては刑事責任と民事責任が未分化であったといえます。
贖罪金は高額であり和解は安易な方法ではなかったものの、フェーデは当事者の意向にほぼ完全に委ねられており(ミネルヴァ書房「概説西洋法制史」48頁参照)、このような解決法が原則でした。

ところが、例外的に、上記のような解決法が取られない場合もあります。公的に科罰の対象となる重大事件(「アハト事件」といいます)を犯した者に対する処分です。アハト事件を起こした者は平和喪失者となり、親族や家の保護(平和)を失うことになりました。親族が平和喪失者を守り、かくまうことが禁止されたのです。
「アハト事件」は「人民や国家自体の法益が侵害された場合」と「破廉恥罪の場合」からなり、前者の例は宗教上の犯罪や大逆罪、後者の例は夜間の犯罪や強姦とされます(同書48頁参照)。前回の記事での平和喪失処分は、クヌート大王に対する反逆に起因するもので、前者の類型に含まれるように思えます。

私が「平和喪失」について興味深いと思うのは、公的に科罰の対象となる重大事件についての処理が、現在の法制度からは異質である一方、当時のゲルマン社会の実情に適合した仕組みであるように思えるからです。
つまり、当時のゲルマン社会では現在とは異なり国家や社会が十分な刑罰執行権を持っていませんでしたので、現代社会のように加害者に刑事罰を科すことはできません。
そこで、国家や社会はアハト事件について加害者を平和喪失状態にし、加害者親族の保護を排除することによって孤立させ共同体から追放したのです。平和喪失状態にある加害者が危害を加えられても、加害者親族はフェーデを行うことはできません。親族の結びつきが強く親族の保護が重要な当時のゲルマン社会においては、平和喪失状態になると極めて困難な立場に追い込まれることになったのです。(松井 和弘)
2020年11月09日

ヴィンランド・サガ

11月は、松井和弘が担当致します。
5月や8月の記事と同様、法律相談や事件の依頼をしていただく際には、一切前提としていただかなくて結構ですので、お気軽にお読みください。

今日、書店に行くと「ヴィンランド・サガ」の最新巻(24巻)が置いてあったので、買い求めました。 「ヴィンランド・サガ」は、紀元1000年ころのイングランドや北欧を主な舞台とした漫画で、同時期に北回り航路で北アメリカ大陸に到達したとされるレイフ・エリクソンやトルフィン・カルルセヴニの活躍を描きます。
また、ノルマンコンクエスト(1066年)以前の、デーン人が侵入していた時期のイングランド情勢やクヌート大王による北海帝国(クヌート大王がイングランド・デンマーク・ノルウェーの3国の王位についたことによって11世紀前半に形成された帝国。大王の死後早期に崩壊。)の形成過程も描かれており、この点でも興味深いです。

ヴァイキングによる北米大陸到達は近年の考古学的成果によって史実であるとされており、そうすると、旧大陸の人間が新大陸に到達したのは1492年のコロンブスから500年余りも遡ることになります。ただし、ヴァイキングは北米大陸での活動を長期間維持することはできず、後世に与えたインパクトはコロンブスの新大陸到達と比して極めて小さかったと言えます。

さて、法律に関連した話をしますと、「ヴィンランド・サガ」には、クヌートがトルフィンが所属する農場の農場主ケティルに対して、「平和喪失処分」を宣告する場面が出てきます(幸村誠著「ヴィンランド・サガ」13巻78頁)。同頁の注に、「平和喪失・・・犯罪に課す刑罰。宣告された者は特定地域内において、命や財産を保護する法律が失効される。事実上の国外退去命令。」と記載されています。

もちろん、「ヴィンランド・サガ」には史実とフィクションが織り交ぜられており、クヌートがケティルに平和喪失処分を宣告したのはフィクションだと思われます。とはいえ、ヴァイキングを主に構成したノルマン人はゲルマン系であるところ、平和喪失処分というゲルマン法の色彩の強い要素がストーリーに絡んでくる点が、この作品に深みを与えているといえます。

「ヴィンランド・サガ」は、戦いの無い世界を実現できるのかという大きなテーマをもちつつ、紀元1000年あたりのヴァイキングの活動という今まであまり取り扱われなかった分野を、コミカルな要素も交えながら描くという点で、かなり出来のいい作品だと思います。作者がコンスタントに話を進めていってくれる点もすばらしいですね。(松井 和弘)
2020年11月07日

奈良の月

事務所の執務室には、平城宮跡・三笠山等が一望できる窓がある。 この窓から差し込む光や景色は、日々、心に安らぎをもたらしてくれている。 パソコンに向かう手を止め、ふと窓を見上げる。 漆黒の中に、やわらかい光に包まれた丸い月が浮かんでいた。 -あまの原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも- 古人(いにしえびと)の思いがそっと寄り添う。 時を超えて、奈良の月は、美しくやさしい。                                          (坂手)
2020年09月30日

「ExcitingセミナーVol.2 ~コロナ第2波に備えるための自己防衛セミナー~」講演

令和2年8月28日

「ExcitingセミナーVol.2 ~コロナ第2波に備えるための自己防衛セミナー~」の講師として、松井和弘弁護士が講演する機会をいただきました。

新型コロナウイルスの影響で、事業の存続に深刻な影響を受けている企業も多数出てきており、コロナ関連での倒産は全国で300件を超えると言われております。

頭書のセミナーでは「連鎖倒産から会社を守る方法」をテーマとして、取引先が倒産した場合に行うべき具体的な対策についてお話しさせていただきました。


今後もしばらくは倒産する会社が増加すると予想されております。

きずな西大寺法律事務所では企業の倒産に関してお悩みの方からのご相談もお受けしております。お気軽にお問い合わせください。

2020年09月01日

語源について3(fig)

先日買ったネクタリンが美味しかったことに味を占めて、今日もまた果物売場に行くと、奈良県産の無花果が売っていました。
大きな無花果が少し入った包みと小さな無花果が沢山入った包みが置いてあり、大きな無花果は小さな無花果よりも魅力的で、大きい方が欲しかったのですが、かなり悩んで、家族全員に行き渡るように、小ぶりのものが多く入った包みを買い求めました。

さて、無花果のことを英語ではfigと言いますが、「ラテン語ficus(イチジク)が語源で、プロバンス語figaを経て借入された言葉である。」【シップリー英語語源事典初版第2刷(大修館書店)521頁(rapの項)から引用】とのことです。

ラテン語が語源とあるのを読んで、塩野七生の「ローマ人の物語」で読んだ共和政ローマの政治家、大カトーの逸話を思い出しました。
紀元前3世紀に共和政ローマとカルタゴは、二度に渡る死闘(第一次、第二次ポエニ戦争)を戦い、いずれも、辛くもローマが勝利しました。(ちなみに、カルタゴの名将ハンニバルが、象と一緒にアルプスを越えてイタリア半島を攻撃したのは、第二次ポエニ戦争でのことです)。
第二次ポエニ戦争の後、ローマはカルタゴの軍備を大幅に制限したうえで、多額の賠償金を課します。ところが、有力な商業国家かつ農業国家であったカルタゴは、その後ぐんぐんと経済力を回復します。
カルタゴの台頭を危惧した大カトーは、元老院で大きくみずみずしいカルタゴ産の無花果の実をわざと落とし、人々がその大きさや立派さに驚くのに対して、これの産地はローマから僅か海路三日の距離に過ぎない、それほど近くに強力な国があるのだから滅ぼすべきだと言ったと伝えられます。
結局、カルタゴは、紀元前2世紀中葉に、ローマによって完全に滅ぼされてしまいます(第三次ポエニ戦争)。

大カトーの逸話で出てくる無花果が大きいことを踏まえれば、私が今日、大きな無花果の方を買っていれば、このブログの話も、もっと綺麗にまとまったのかもしれません。しかし私は、無花果を選ぶ時には大カトーの逸話のことは完全に忘れていました。

とはいえ、私は、家族に行き渡らせる必要に応じて小さな無花果の方を買ったのですから、「汝が欲するものを買うべからず、必要とするものを買うべし。」という大カトーの言葉【世界名言大辞典第7版(明治書院)69頁(金銭の項)から引用】を無理に有利に解釈すれば、私は免責されて然るべきではないでしょうか。(松井和弘)
2020年08月14日

語源について2(nectar,nectarine)

果物売場に行くと、季節に応じて沢山の種類の果物が並んでいます。
大抵は、りんごやはっさくのような一般的な果物を買うのですが、たまに、よく知らない果物を買うと、新しい味に出会えて楽しいものです。

最近、果物売場で少しだけ並んでいたネクタリン(標準和名:ズバイモモ)を買いました。形は、スモモそのもので、大きさはスモモよりも一回り大きかったです。食べてみると、酸味と甘みがいいバランスで、桃とスモモの間の味(私はスモモ寄りだと思いました)がして、おいしかったです。

ネクタリン(nectarine)は、nectarから来ています。nectarは、ギリシャ神話での神々の飲物であり、大変美味で不老不死をもたらすものとされます。
「nectarはギリシャ語の語根nek-(死)とtar-(打ち勝つ)とからなると考えられている。その美味しさ故に、nectarine peach(ズバイモモ)と名づけられた果物は後には単にnectarine(ネクタリン)と呼ばれるようになった。」【シップリー英語語源事典初版第2刷(大修館書店)37頁(ambrosiaの項)から引用】とのことです。

上記のように、nectarは、神々の飲物ということで、桃とは直接関係は無いのですが、私がネクターという言葉に初めて触れたのは、ネクターという商品名の濃厚な桃の缶ジュースでした。濃厚な桃の味がして、缶ジュースの中では、この甘さの上品さは随一だと思っています。他の缶ジュースで代替できる味ではないと思えて、私は好きなんですが、この桃ジュースの印象がずっと残っていたおかげで、その後ギリシャ神話等でnectarが出てくる度に、あの濃厚な桃の味がしましたね。(松井和弘)
2020年08月10日

語源について1(-law)

8月は、松井和弘が担当致します。
5月の記事と同様、法律相談や事件の依頼をしていただく際には、一切前提としていただかなくて結構ですので、お気軽にお読みください。

日常生活を送るのにも、仕事上文章のやりとりをするのにも、言葉の意味をきちんと理解していれば足り、語源にまで足を踏み入れる必要は一切ありません。
とはいえ、語源を知ることにより、えっ、そういう意味から来ていたの?と思うことや、全く新しい言葉に触れるのは、それ自体楽しかったりします。
そこで、今月は、個人的に面白いなあと思った語源を紹介していきます。

私が、最も驚いたものとして、「-law」があります。
これは、例えば、mother-in-law(義母)というように使います。 motherが実母で、結婚相手の実母がmother-in-law(義母)というわけです。

私は、結婚によって法律上母親になるから、mother-in-lawなのだと思っていましたが、実は、これは誤りで、このlawは、「決まったこと」、「結婚」という意味でした。mother-in-lawは、法律上の母親ではなく、より直接的に、結婚によって生じる母親といった意味合いなんですね。

「この語には、この語が連想させるような法律上の関係はまったくない。法律上の(legal)関わりやもつれを表す言葉にはラテン語lex,leg-(契約、規定、法令)に由来するものが多いが、-lawは・・・れっきとしたサクソン語であり、アングロサクソン語ではlage(決まったこと)、ゴート語ではliuga(結婚)で」ある【シップリー英語語源事典初版第2刷(大修館書店)373-374頁(-lawの項)から引用。他の項目を参照する箇所等省略した部分あり】とのことです。

語源の話をするにあたって、最初は仕事柄、法律っぽい言葉で、、と思って選んだところ、法律とは全く関係なかったというお話でした。(松井和弘)
2020年08月09日

弁護士に相談することをためらっていらっしゃる方へ

弁護士の坂手です。 弁護士になる前の自分自身の経験を踏まえて、少しだけアドバイスさせていただきます。 近時は、インターネット検索等で法律問題に関わる情報に接することが容易になりました。 わざわざ相談料を支払って弁護士に相談すべきか、躊躇されることがあるかもしれません。 確かに、相談料を支払って弁護士に相談したが、インターネット等で事前に得た内容と変わらない、とお感じになった経験をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。 しかし、ひとつ事実・事情が異なれば、適用する法律や希望を実現する制度が異なることがあります。 自分自身の問題が、事前に得た情報と本当に同じ結論になるのか、確認しておく意味は十分にあります。 また、その方に適した問題解決の方法は、個々の知識だけでは見出せないところがあります。 法律相談で、オーダーメイドの安心と次のステップへのヒントを得ていただきたいと思います。 そして、法律問題であるかどうかは、法律家でないと判断できないところがあります。 日々の業務の中で、「もう少し早くご相談いただけたら、お力になれたのに」、と残念に思うことは少なくありません。 別件で相談に来られ、付随的なお話を伺っているうちに、早期に解決すべき別の法律問題が明るみになり、リスクを回避できたということもあります。 気になることがあったら、まずはご相談されることをお勧めします。 何も問題がなければ、安心を得ることができます(気がかりというものは、自覚している以上に、日常生活へ影響を及ぼしているものです)。        
2020年06月30日

婚姻の無効に関する話3

前回、メアリー・スチュアートがフランソワ2世の妃としてフランス王妃だったことがあるという話をしましたので、ついでに当時のフランス王家の話もしておこうと思います。

フランス王家といえば、私たちにはブルボン家のイメージが強いのですが、当時はヴァロア家が王位を継承していました。そして、フランソワ2世、シャルル9世、アンリ3世の順に王位が移りますが、彼らは3人とも母后カトリーヌ・ド・メディシスの息子で、彼らの治世では、母后が実質的な権力を握っていました。
カトリーヌ・ド・メディシスは有数の辣腕政治家で、シミュレーションゲーム『シヴィライゼーション6』では、フランスの指導者に選ばれました(『5』までは、ルイ14世、ナポレオン、ドゴールという面々でした。ちなみに、『6』での日本の指導者は北条時宗でした。)。

カトリーヌ・ド・メディシスの娘には、エリザベートとマルグリットがおり、エリザベートはスペイン王太子ドン・カルロスと婚約していたものの、結局その父親のフェリペ2世に求婚されて結婚することになります。この件を題材にしたのがヴェルディ作曲のオペラ『ドン・カルロス』です(原作はシラーの戯曲)。

さて、この当時、フランスでは、カトリックとプロテスタント(ユグノー)の間で数十年にわたって断続的に戦争が続いていました(ユグノー戦争)。
そこで、母后カトリーヌ・ド・メディシス(カトリック)の提案によって、カトリックとプロテスタントの融和のためにナヴァラ王アンリ(プロテスタント)と母后の娘マルグリット(愛称マルゴ)が結婚しました。この結婚を祝うため、プロテスタントの有力者が多数パリに集まりました。
しかし、これが実は母后の罠で、カトリック側は、パリに集まったプロテスタントを大量虐殺し、ナヴァラ王アンリを捕えます。これが、悪名高いサン・バルテルミの虐殺(1572年8月24日)です。

その後、アンリ3世の死により、ヴァロア家は王位継承権を失い、ナヴァラ王アンリがフランス国王アンリ4世として即位、ナント勅令を発してカトリックとプロテスタントの融和を図ります。アンリ4世から、私たちにもお馴染みのブルボン朝が始まり、フランス革命での中断を経て1830年まで続きます。

アンリ4世と王妃マルゴの婚姻関係は二十数年続きますが、後に婚姻の無効により、婚姻関係は解消されます。
アンリ4世はマリ―・ド・メディシスと結婚し、その息子がルイ13世となりました。

ここらへんの話は、最近まで連載されていた萩尾望都(『11人いる!』の作者)の『王妃マルゴ』に興味深くかつ上手に纏められています。8巻で完結していますし、スピーディーな展開で読みやすかったです。こういうふうに、うまくまとめて終わらせる能力は、さすがというところです。何年か前に『ハンター×ハンター』にも、「11人いる!」という念能力を使う者が登場しましたが、こちらの方は、そもそも完結するのかすら明らかではありません・・・(松井和弘)
2020年05月24日

婚姻の無効に関する話2

前回取り上げたメアリー・スチュアートは、スコットランドの王女として生まれた直後にスコットランド女王となり、その後イングランドで刑死します。そのため、グレートブリテン島のイメージが強いですが、フランス王妃(フランソワ2世の妃)だったこともありました。しかし、不幸にもフランソワ2世は即位から1年余りで死亡します。

そのため、スコットランドに帰国した彼女でしたが、スコットランドでの激しい政争を乗り切ることができず、結局、スコットランド女王を廃位されてしまい、エリザベス1世の治めるイングランドに亡命します。
しかし、メアリー・スチュアートがイングランドの王位を主張し得る立場にあったことが災いし、彼女は、エリザベス1世と常に政治的な緊張関係に置かれます。そして、反乱を企てたとして、フォザリンゲイ城で処刑されてしまいます。

前回、オペラ『マリア・ステュアルダ』を取り上げましたが、1幕最後のクライマックスが、フォザリンゲイ城でのメアリー・スチュアートとエリザベス1世の対決シーンです。その中で、メアリーがエリザベスに対して、エリザベスが正式な婚姻の下で生まれたのではない、と叫び、エリザベスが激怒するシーンがあります。
どういう論理でそうなるのかしばらくよくわからなかったのですが、カトリックであるメアリーの立場からすれば、①ヘンリー8世とキャサリン・オブ・アラゴンとの間の婚姻は、ローマ教皇の許可を得られていないので無効になっていない、②そうすると、その後のヘンリー8世とアン・ブーリンの結婚は重婚になって無効である。③そうすると、その間の子であるエリザベスは正式な婚姻のもとで生まれた子ではない、王位継承権は無いという意味だろうと理解されます。(現代日本の価値観や法体系とあまりに異なることもあり、私はメアリー・スチュアートのこの主張には共感できないことを申し上げておきます。)

このロジックに気づいたとき、ああ、そういうことか、と思って謎が解けたような気持ちになりましたが、普段の生活や仕事に特に役立つことはありませんでした。しかも、オペラ『マリア・ステュアルダ』は、ドイツの詩人シラーの戯曲が原作なのですが、フォザリンゲイ城でのメアリー・スチュアートとエリザベス1世の対決はシラーの創作ですので、歴史的な事実を深く理解できたということにもなりませんでした。

ちなみに、私が初めてメアリー・スチュアートのことを知ったのは、荒木飛呂彦の『ジョジョの奇妙な冒険』の第1部を読んだときでした。ジョナサン・ジョースターと戦うタルカスとブラフォードが、メアリー・スチュアートの忠臣だったという設定でした。ブラフォードの「LUCK&PLUCK」、かっこよかったですね。(松井和弘)
2020年05月22日

婚姻の無効に関する話1

前回、婚姻の無効を巡って歴史上、様々なドラマが生まれたと書きましたが、そのうち、政治的・社会的に最もインパクトがあったのは、ヘンリー8世のケースでしょう。

16世紀前半のイングランド王であるヘンリー8世は、最初はキャサリン・オブ・アラゴンと結婚しており、彼女との間に王女メアリー(後の女王メアリー1世)が生まれました。
諸般の事情があって、キャサリンとの間の婚姻を無効にしたいと考えたヘンリー8世は、ローマ教皇に許可を求めますが、キャサリンは、当時最も影響力のあった君主カール5世(スペイン王国と神聖ローマ帝国の支配者)の叔母でした。そうしたこともあって、ローマ教皇は婚姻の無効の許可を出しませんでした。(ややこしいので説明を省きますが、教会法上、ヘンリー8世とキャサリンとの間の婚姻の無効は通常の場合よりもハードルが高いという事情もありました。)

そこで、ヘンリー8世は、イングランドの教会をカトリック教会から離脱させ、英国国教会を創設し、自らその長となります。そうすることによって、ローマ教皇の許可を得ることなく婚姻を無効にすることができるようになったわけです。
そして、ヘンリー8世は、キャサリン・オブ・アラゴンとの婚姻を無効とした後、アン・ブーリンと結婚をし、彼女との間に王女エリザベス(後の女王エリザベス1世)が生まれます。しかし、その後、アン・ブーリンはヘンリー8世により処刑されてしまいます。この処刑は、えん罪によるものだと言われています。ちなみに、ヘンリー8世はその後4回結婚します。

アン・ブーリンの処刑を扱ったオペラが、19世紀前半のオペラ作曲家ドニゼッティの『アンナ・ボレーナ』です。
ドニゼッティは、メアリー・スチュアートの処刑を扱った『マリア・ステュアルダ』、エリザベス1世を扱った『ロベルト・デヴェリュー』も作曲しており、これらの3つの作品を、当時の王朝の名前を取ってテューダー朝三部作、または女王三部作と言います。

私は、これらの3つの作品の中では(というよりもドニゼッティの全作品の中でも)、『マリア・ステュアルダ』が最も好きで、最初に観たときには衝撃を受けました。(松井和弘)
2020年05月20日